『男の娘アイドルサークル リライト』【”男の娘”×”アイドル”笑いあり涙ありのエンタメ小説】

サークル作品
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基本情報

  • 書籍|文庫判(A6)
  • 224ページ
  • 700円
  • 初版2021/05/16(日)発行

あらすじ

夢も目標も、やりたいことも何かに打ち込んだこともない会社員、千田翼(24)。

大阪梅田のパブリックビューイングで、男の娘アイドルサークル【7-Goddess】をたまたま知り興味を持ったことから、彼の未来は大きく動き始める。

女装のコスプレが趣味の友人、時雨悠希と西日本最大規模の同人誌即売会に行った日。
翼は偶然にも【7-Goddess】の生ライブを観て、心が大きく動かされる。

さらに、シノザキPというアマチュアサークル専門のプロデューサーと出会うことで、翼にも表現活動ができるチャンスが訪れる。
しかし、それは悠希と共に男の娘アイドルサークルを組むという内容だった。

色んな人の支援を受けながら、レッスンを積み上げていくが……。

笑いあり、涙ありの物語がきっとあなたの心に、Re-lightする。(再び火を点ける)

序章(試し読み)

 西暦2021年、午後八時半。大阪市北区、大都市――梅田エリア。

 千田翼(センダ ツバサ)はヨレヨレになった黒のスーツ姿で、阪急梅田駅内の火ノ国屋書店で本を購入し、手提げ袋を片手に店を出る。二階改札口へ移動するため、本屋の出口のそばにあるエスカレーターに、右に並んで乗る。右に視線を移すと、大きなテレビスクリーンがある。映っているのは何かの番組だろうか。女子高生の制服のような衣装に身を包んだアイドルグループらしき女の子たちが踊っている。

 翼の歳は二十四。新卒で建材の販売を行う会社に営業事務として就職し、今年で社会人三年目。仕事ができないわけではないが、扱っている商材に興味もなければ、年収三百万の給料で何かをパーッと買いたいわけでもない。人は働く義務があると思っているから、働いているだけだ。仕事、プライベート共に目標もなければ、特にやってみたいことや夢もない。

 趣味はある。漫画や同人誌を読むこと、テレビゲームをすること。19時くらいに退勤し、帰宅して寝るまでの間それを楽しむ。ただ、翼はここ最近そんな毎日の繰り返しに何となく焦りのようなものを感じている。本当にこのままでいいのだろうかと。

 友人の多くは目標や夢に向かって自己研鑽し、叶えるために努力している。資格を取って今よりも大きい仕事にチャレンジしたり、多くの人を巻き込んでイベントを起こしたり。欲しいモノやコトのために一生懸命になっている。

 自分はどうか。漫画を読む、テレビゲームをする。誰かが作り上げた世界を楽しんでいるだけ。能動的なことではなく、受動的なことばかりに身を任せている。何となく周りとの差を感じ、焦りを感じる。

 自分を変えるためには、自分から動かなければいけない。自己啓発書にしばしばそう書いている。ただ、夢も目標もやりたいこともないのに、一体何に向かって頑張ればいいというのだろうか。今まで熱中してきたことなんてない。あったのかもしれないけど、記憶に残るほど真剣に取り組んでいない。精一杯打ち込んだことが何もない。

 エスカレーター横のテレビ画面がアイドルのライブシーンから、インタビューのシーンに切り替わる。

『いやぁー、とても男の子とは思えない可愛らしい歌声でしたね!』

 インタビュアーの言葉を聞いたとき、翼は目を丸くする。映っていたアイドルたちは、皆女の子だと思っていたからだ。

『いえいえ、とんでもないですよ! ありがとうございます!』

『ダンスには女の子の可愛さがあり、男の子の力強さもある。まさにこれからのジェンダーレスの時代を象徴するアイドル!』

『時代を象徴だなんて、大袈裟ですよ~。アマチュアアイドルですし。地道に努力してきたことが、たまたま開花しただけです』

 エスカレーターのステップが二階に着くが、翼は妙にそのアイドルのことが気になって、幅の広い階段を下り、多くの人でごった返す一階に戻る。

 彼らのルックスはよく見たら頬や骨格から、確かに男の子らしさが感じられる。メイクはナチュラルな、つけまつげやリップで、女の子としての違和感もない。女装している男子という雰囲気でもなければ、ボーイッシュな女の子という雰囲気でもない。絶妙に男女の中間というべきか、不思議な感じだ。

 阪急梅田駅にあるこの場所は待ち合わせとして利用されることが多い。多くの若者が入り交じる中、巨大モニターをじっと見つめながら突っ立っている翼は邪魔かもしれない。時折通り過ぎる人の肩やバッグが当たっても、冷たい視線を投げられても、翼は動じない。

 長身で格好いいと感じる男性を見ても、スタイルのいい容姿端麗の女性を見ても、こんなに惹かれたことはない。このアイドルには独特な魅力を感じる。翼はもやもやした気持ちになるが、不快ではない。むしろ、心地よさを感じている。

『最初は本当に苦労の連続でした。わたしたちは性別で言えば、れっきとした男の子です。でも、わたしたちは美しくなりたいし、可愛くなりたい。女装が趣味とか、トランスジェンダーとかじゃなくて、ただ純粋に綺麗になりたいんです。そして、可愛い衣装を着て、歌って踊りたい! 初めはそれが理解されなくて辛かったですね。デビューしたての頃は、散々気持ち悪いとか、LGBTをバカにしてるとか色んなことを言われましたね』

 喋っている子の目の輝きは、翼が今までテレビで見たことがあるアイドルとは大きく異なっていた。太陽のように明るい輝きでもなければ、宝石のように上品な輝きでもない。元々くすんだ色をしていた原石が悠久の時を経て磨き続けられたことで出た、他とない唯一の輝きだ。まだ二十代前半であろう若い年齢にも関わらず、批判されることを恐れていない真っ直ぐな眼差し。政治家のような無責任な堂々ではなく、やりたいことをやりたいと言う勇気とそれに対する責任を感じる。

『それでも、わたしたちはやっぱり綺麗になりたい。冷たい言葉を投げつけられても、ありのままでいたい。そして、わたしたちの活動が、男女問わず自分は自分に正直になっていいんだと言えるような社会へのきっかけになればいいなって思っています』

『社会の偏見を変えていこうとする姿勢が、とてもエネルギッシュですね。あ、ステージの準備が整ったようですね。それではスタンバイお願いします』

『はーい、よろしくお願いします!』

 翼の胸の鼓動が少しばかり早くなり、足は硬直する。その場から断固一歩も動きたくない。好奇心と不快のような感情が混在して不思議な感覚に陥る。相反する二つの気持ちが、翼の黒い瞳をテレビ画面に集中させる。

 わくわくする理由は分かる。画面に映る彼らが、真新しく、今までに見たことのないようなタイプの人たちだからだ。

『では、準備ができたようですので、披露していただきましょう。男の娘アイドルサークル【7-Goddess】の新曲、【ファースト・ステップ】』

 真っ暗闇に近い空間で彼らがまるで影絵のようにポーズをとっている。ゆっくりとしたテンポのピアノの演奏から始まる。

♪ やりたいことなんてない

  叶えたいことなんてない

  どうしてそんな嘘つくの?

  世間に役立つとか

  お金になるとか

  どうでもいいこと

  あなたの道はあなたで開くの ♪

 語りかけるような優しい歌声。テノールとアルトの中間の音域。

ピアノの演奏が止んだ瞬間、リズミカルで弾けるようなポップ調の音楽がエレキギターやドラムの演奏と共に流れる。暗闇を切り裂くように、ステージ中心に立つ子を軸にして、ライトアップされる。大きな手振りとステップは女の子らしい可愛さもあれば、男の子らしい逞しさも感じさせる。その迫力に、待ち合わせをしている人々の視線もテレビ画面に集約される。

 センターに立っている子は、インタビュアーとメインで対談していた子だ。歳は翼とそう変わらないだろう。この子は歌を、ダンスを、人生を本気で楽しんでいる。己の全てをこの瞬間に賭けて、毎日途方もないくらいの努力をしている。会ったことも話したこともない、テレビ画面と現実という距離があるのに、そう感じた。

 翼は拳を強く握って、思う。もし彼らみたいに輝けたら、と。

同時に思う。自分は凡人中の凡人。成功者や日の目を見る人なんて、世の中ごく一部だ。夢も目標もやりたいこともない人間が、何を以てしたら輝くことなんてできるのだろう。

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