基本情報
- 書籍|文庫判(A6)
- 156ページ
- 500円
- 2019/05/20(月)発行
あらすじ
約二十年前、ヨーロッパ大陸で吸血鬼による大規模な戦争があった。
聖堂騎士という吸血鬼に対抗するための改造人間が生み出されてから、吸血鬼の数は激減し、彼らは絶滅の危機に瀕していた。
吸血鬼の異なる三種族は結託し、聖堂騎士を滅ぼすために同盟を立ち上げる。デーモン種の吸血鬼である、シャーロット・ビアスは、同盟からの命を受けて勲章付きの強力な聖堂騎士討伐を目的に旅立つ。しかし、雷鳴騎士と呼ばれるそのターゲットは意外な人物であった。雷鳴騎士の部下が執拗に襲い掛かるが、同盟はシャーロットを守るためにワーウルフの護衛を既に派遣していた。
吸血鬼と聖堂騎士。決して相容れることのない二者による、近世ヨーロッパが舞台のバトルアクション小説。
序章(試し読み)
月のない静かな深夜、魚の鱗のようにびっしり敷き詰められた街道を、ぼんやりとした光でガス灯が照らしている。道の両脇には四階程度の無骨なコンクリートの建物を、ギリシア時代を思わせる華美なデザインのアイアンや、色のついたタイルが彩っている。大通りとは違い、大判の煉瓦で造られた歩道を一人の淑女が颯爽と歩く。
ヨーロッパ大陸全土が統一された十九世紀のヨーロッパ共和国において、産業革命は加速する一方。主に工業が発展し、ガスや鉄道などのインフラによって人々の生活はそれ以前と比べると格段に良くなった。生活が豊かになると、治安も良くなる。夜に出歩く者も珍しくはなく、酒場が密集している地域なら、年中人の声が絶えない。
しかし、夜の時間帯に限り、国が総力を上げて国民に注意を促していることがある。それは、吸血鬼(ヴァンパイア)という不老不死の化け物との接触だ。彼らは人間と瓜二つの容姿をしているが、老化しない上に、人間離れした馬鹿力を持ち合わせている。人の生き血を糧とする悪魔だ。彼らは日光を浴びると灰になって即座に死んでしまうので、必然的に夜の時間帯にしか活動しない。治安がよくなったと言っても、政府は二人以上で夜を過ごすようにと、勧告を出している。もっとも、吸血鬼は彼らを駆除する専門機関によってほとんど姿を見せなくなっているので、国民も彼らに対する注意が甘くなっているのが現状だ。
カジュアルなエメラルドグリーンのドレスに、腰にはサーベル。この国の夜において、護身用に武器を帯刀するのは珍しいことではない。一人の淑女は一軒のカフェの前で足を止めると、靡いていたミドルロングの稲穂色の髪も落ち着きを取り戻す。筆記体で書かれた看板を一瞥し、薄暗い店内へと入る。
「いらっしゃい」
清潔なカッターシャツ一枚の老人が出迎える。
「紅茶を一杯お願いできるかしら。ダージリンで」
「畏まりました」
年季の入った焦げ茶色のテーブルには、先客が数人腰掛けている。書き物をしている作家、若い男女のカップル。若者は二十歳ぐらいだろう。サーベルを帯刀している彼女も見た目は同じくらいの若さに見える。
「おまたせしました。ダージリンでございます」
「ありがとう。テラスでいただくわ」
彼女は深い琥珀色に輝く紅茶が入ったティーカップを受け取ると、店の外にある席に腰掛ける。サーベルの鞘が付いたベルトを外し、月のない闇の空を見上げて、紅茶を口にする。
深夜零時は彼女にとって、昼間労働に勤しむ人たちで言うところのランチタイム。ヨーロッパ大陸全土で起こった大規模な戦争から約二十年。この巨大な大陸が一つの共和国として統一されてから、彼女は追われる立場となった。ただ、見た目は人間と全く変わりない。大きく変わるのは、歳を取らなくなったことと、夜の時間帯にしか表舞台に出られなくなったこと。そして、人の血が主食となったこと。
目立った行為を起こさなければ、永遠に人として生活ができる。
そう思っていた時期があった。
大通りの中央を二人の男が堂々と真ん中を歩いて向かってくる。彼らはこの闇夜とは対照的な、純白のコートに身を包んでいる。軍服のようにも見え、聖職者のようにも見える複雑なデザインだ。腰のベルトには二本の長剣を帯刀している。石の街道を擦り潰すようなブーツの足音が近づいてくる。
翡翠色のドレスの彼女は、不快感を覚える。ヨーロッパ大陸北部出身の彼女にとって、ティータイムは至福の時間。静かな夜に堪能するのが心地よいのに、下品な足音がそれを台無しにする。そのまま真っ直ぐ去ってほしい。
男たちの足音が止まる。彼女の不快感がさらに高まる。想定する最悪な状況に陥ったからだ。淑女は透き通ったブルーの瞳を彼らに向けないが、男たちはゆっくりとした足取りで彼女に近づいてくる。
「今晩は、レディ。少しお尋ねしたいことがあるのですが」
「あら、何の御用かしら? 聖堂騎士様」
聖堂騎士(パラディン)とは、ヨーロッパ共和国で最も浸透しているヴェリタ教という宗教に属する騎士だ。人の世に隠れて住まう吸血鬼という化け物を駆逐するための専門機関と言っていい。吸血鬼を狩ることで国の治安維持に貢献している。ただ、彼らも普通の人間ではない。吸血鬼と同じように、人間離れした力を持ち、夜の世界でしか生きられない不老不死の存在。ヴェリタ教総本山である、大聖堂にて改造された人間である。
「最近この近辺で吸血鬼による被害が報告されています。被害者の生命に問題はないと聞いていますが、首には吸血鬼に噛まれたと見られる鋭い傷跡がくっきりと」
「それは物騒なことですね。こんなに落ち着いた街のどこかに、吸血鬼が潜んでいるなんて」
「何か知っていることがあれば、教えていただけないかなと思いまして。どんな些細な情報でも結構です」
「さあ、実はわたくしもまだこの街に来たばかりの身でして」
「そうですか。では、我々はここで失礼させていただきます。月光浴とティータイムのお時間を邪魔した無礼、お許しください」
淑女が故意に微笑を浮かべて、彼らに目を合わせる。
「いいえ、空をよくご覧なさい。今日は月が姿を見せていません」
「これは失礼。月など出ていませんでしたね。ところで――」
穏やかな聖堂騎士二人の目つきが、刃のように鋭くなる。
「プラチナブロンドの髪に、スカイブルーの瞳、品のある物腰。それに、元連合王国のものだと思われる指輪。もしや貴女、シャーロット・ビアス様では?」
答えが分かっている質問を投げかけてくることに不快感を露わにしながら、彼女は微笑を浮かべたまま口を開く。
「もし、そうだとしたら?」
「その美貌、ぜひこの手で永遠にしてみたい」
そう言い終えた瞬間、聖堂騎士の一人が二本の長剣を鞘から抜き、人間を遙かに凌駕するスピードで彼女に切りかかる。
同等の速さで彼女はサーベルを手にし、後ろに下がるように席から立ち上がる。シャーロットも鞘から剣を抜き、片手で切っ先を向けて構える。
抜刀した男が体勢を立て直そうとした瞬間、彼女のサーベルが彼の心臓を貫いていた。鮮血が胸から滝のように滴り落ちる。
「ば……馬鹿な……」
二人の間合いは十分あり、本来刃が届く距離ではない。
不可能を可能にしたのは、シャーロットのサーベルの刃が中に仕込まれたワイヤーによって分割されて伸びたからだ。彼女は彼を突き刺したまま空高く振り上げ、亡骸と化した彼を建物の屋上に放り投げる。
「ウィップサーベル! まるで鞭のように形を変える変形武器! 間違いない! 正真正銘、貴様はシャーロット・ビアス!」
もう一人の聖堂騎士の大声で、店内からはざわつく音が洩れる。
彼も長剣を抜刀して切りかかってくると、彼女は跳躍する。建物のバルコニーをステップにしながら、屋上へと移動する。男も同じく、人間を超越した身体能力で彼女を追う。
彼が屋上に着地すると、淑女は既に鞭のように変形させたサーベルを構えていた。
「シャーロット・ビアス、デーモン種の要注意吸血鬼! 俺がここで貴様を討てば、勲章が手に入るのは確実!」
「そんなこと、わたしくの知ったことではありません。ティータイムをこんな形で邪魔した無礼は許しません」
「ほざけ!」
鞭剣を振り回すシャーロットの蛇のような攻撃を巧みなステップで避けながら、聖堂騎士は距離を縮めようとする。銀の刃と銀の刃が何度もぶつかり合い、月無き夜空に甲高い闘いの音がこだまする。
男が自分の持つ長剣の間合いに入った瞬間、シャーロットはサーベルを鞭の形状から通常の剣の形に戻し、その刀身で聖堂騎士の剣を受ける。
「このまま叩き斬ってやる!」
「レディに向かって汚い言葉遣いをした無礼はもっと許し難い」
鍔迫り合いのまま、シャーロットは白のパンプスで彼の脛に蹴りを入れ、水平に斬撃を叩き込む。血飛沫が宙に舞うが、返り血がドレスにかからないように、ターンする。まるで翡翠色の花が風に煽られるようにドレスが靡く。
サーベルの間合いから離れたシャーロットは、それを補うように武器のワイヤーを解放すると、刃が鞭のように伸びる。それは聖堂騎士の首を刎ね、断末魔の叫びが上がることなく、吸血鬼と聖堂騎士の宿命の闘いが終わる。死体が独りで両膝をつき、うつ伏せに倒れる。彼女はサーベルを通常の状態に戻し、空を切って騎士の血を払い、ゆっくり鞘に納める。
彼らが戦死したことで、後日他の聖堂騎士たちがこの街を訪れることになるだろう。目立つことをすると、それを治めようと多くの騎士たちが派遣される。彼女はその前にここから出ていかなければならない。
「結構お気に入りの街だったのに、残念。一体いつになるまで聖堂騎士に怯えて過ごさないといけないのかしら」
血臭が広がる中、シャーロットは溜息をつく。
ふと耳を澄ますと、小さな羽音が近づいてきていることに気づく。その方向に目を向けると、一匹の蝙蝠が口に何かを咥えて向かってくるのが分かった。
「手紙……?」
彼女が受け取るように掌を向けると、蝙蝠は咥えていた黒の封筒をそこに落として飛び去る。デーモン種の吸血鬼は蝙蝠と意志疎通ができる。同種族の誰かが意図的に、彼女に手紙を差し出したということだ。
シャーロットは封筒に書かれた文字を読む。
「招待状。差出人は、吸血鬼三種族同盟……?」
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